きもったま母ちゃん桜です(^^)v
~生きることの意味とは~
この記事を書いてから、一年が過ぎました。
ひまわりの足に何が起こったのか…。
なんの報告も出来ないままに、一年が経ってしまいました。
去年の今頃、ひまわりに一体何があったのか……。
母ちゃん、少しずつ気持ちを整理しながら、現実を見つめながら、少しずつ、綴っていこうと思います。
ひまわりちゃんの疑問
でも今日は、今のひまわりの気持ちと、母ちゃんの悩みを書こうと思います。
ひまわりちゃんの疑問に私は全くまともに答えることが出来なかった。ただ、ショックを受けるばかりで…。
"どうせ死ぬのに何で頑張って生きないといけないの?"
"学校に行きたくない。どうして楽しくないことをしないといけないの?"
"1人でいたいのに、何でうるさい場所で我慢しないといけないの?"
"記憶喪失になりたい。そしたら全部リセット出来るのに。何で私は普通じゃないの?"
今のひまわりちゃんの口からでてくる言葉は
「学校行きたくない」
「あぁ。朝が来るのが嫌だ眠ったら朝が来ちゃう」
「何で家に居たらいけないの?」
「みんなでやらなくちゃいけないことって、縛られてるみたいで嫌だ。自由にしていたい。」
「学校が楽しい人も居るのに、私は楽しくない。楽しい人が毎日学校にいくのは羨ましい。私は学校が楽しくない。」
「学校はうるさすぎる」
と、生きてることが辛い。と言う気持ちばかり。
しかし、そんな言葉とは裏腹に、
家で過ごすひまわりちゃんは、明るくてテレビやyoutubeを見てゲラゲラと笑ったり、とても笑い上戸で、家に訪問するお客様にも人見知りはなく、誰にでも明るい。破天荒で元気一杯。
そんな風に、言動と行動(暮らしぶり)のギャップが大きすぎて、今、私は混乱しています。
でも、ひまわりちゃんは、確かに今、「生きていることが辛い」みたい*1
そんな娘の気持ちを受け止めきれない私…。
何でそんなに"辛い""苦しい"ばかりが言葉にでてくるのだろう。小学5年生。そんな年頃なんだろうか…
それとも…
母ちゃんの悩み
やはり、育った環境の中で、辛いことが多かったのかな。
父親からのDV、離婚、裁判、引っ越し、転校、父親との面会、裁判所への子どもたちの出廷。
それに加えて、胸の手術痕を学校の子に冷やかされたり、病児支援級に在籍していることで、普通級の子と隔たりができてしまったから。なの?
「何で生きないといけないの?」
と、言われると…。
ダブルスイッチを受けて、命を繋ぎ止めたことは、私の(親の)エゴだった?
「生まれて来る前が一番幸せだった。何も分からなかったから。何も感じなかったから。」
と、言われると…。
産んだことがいけなかった?私とモラ夫の間に産まれてきてしまったから?
と、鬱な母ちゃんは、どこまでも落ち込んでしまう…(T^T)
ごめんね。としか、思えなくなる。
本当はドシンと構えてしっかり受けとめてあげられるスーパー母ちゃんでいたいのに(ToT)
私も答えが知りたい
何で生きないといけないの?
それは私も知りたい。
だけど、つい半年前まで「この人生が速巻きで終わりますように」とずっと願っていた私だけど。
今は、後20年は必ず生きていたい。
と、思えるようになった。
これは、母ちゃん的にはものすごい変化……。
なぜそう思えるようになったか。
それは。
20年後にも一緒に居たいと思える人に出会ったから。20年後に、貴女と居て幸せだよ。といって欲しいから。
いまは、「何で生きないといけないの?」という事への答えは見つからないけれど。
辛くて苦しい日々から抜け出して、少しだけ将来に期待を持つようになった母ちゃん。
生きてることの素晴らしさを、ひまわりちゃんにうまく伝えていけるだろうか。
産んでごめんね。何て思いたくない。
産まれてきてくれてありがとう。としか、思ったことがない。
大手術も乗り越えて、
生きていてくれて、ありがとう。
そう思ったことしかない。
子どもに
「生きていることが辛い」
何て思わせてしまうなんて……。
申し訳ない気持ちで一杯です。
頑張ってる!あたし!
頑張ってる!天使ママ!
頑張ってる!病気っ子ママ!
頑張ってる!自閉っ子ママ!
頑張ってる!シンママ・シンパパ!
頑張れ!脱モラハラ!
自分らしく生きよう! 桜
*1:T_T